AIを触って5か月、何が変わった?|「動かないです」しか言えなかった私が、記事もゲームも作れるようになるまで
お疲れ様です!WakabaPonchaNです!
まずはお詫びをさせてください。以前書いていたAI賢者のシリーズが、途中で止まったままになっていました。楽しみにしてくださっていた方、本当にごめんなさい。
言い訳になってしまいますが、毎日AIと作業していると、自分が何をしたのか忘れてしまって、どこまでやったのか分からなくなってしまうんです。それだけ今のAI事情が速く進んでいる、ということなのかもしれません。
AIを触り始めて5か月。最初にT.A.C.T.I.C.S.を作ったころと比べると、自分でも成長したなと思うところがあるので、今回はその振り返りをしてみようと思います。
AI要約
- 途中で止まっていたAI賢者シリーズは、第3回までで一区切りにしました
- 5か月前の私は「一ミリもコードが書けない」状態で、AIが出したコードを組み合わせるのが精一杯でした
- 一番の変化は、記事づくりの多くをAIに任せられるようになったこと。AIは秘書やアドバイザーのような存在で、実際に使った感想と最後の判断は私が担当しています
- ブログ、音楽、ゲームと、若いころにやりたかったことをAIの力を借りて形にできるようになりました
- 一番助かっているのは、自分のやりたいことに全力を出せて、それ以外をAIが補助してくれること。ただ、危うさも承知しています
- 当時の一番の反省は、AIに「動かないです」としか伝えられなかったこと。今でも得意ではありません
- これからも、AIを秘書やアドバイザーのように頼りながら、ブログや創作を長く続けていける形にしていきたいです
5か月前の私とAI賢者
当時のことは、CoDeゼロから始めるAI生活と、AI賢者を作ってみたシリーズに書いています。
ゲーム画面をAIに見せて、声でコーチングしてもらいたい。アイアンマンのJ.A.R.V.I.S.みたいな相棒が欲しい。そんな思いつきから、Geminiに頼りながらT.A.C.T.I.C.S.を作り始めました。
ただ、当時の私は本当にコードが一ミリも書けませんでした。AIが出してくれたコードをパズルのように組み合わせて、動いたら喜び、動かなかったら頭を抱える。その繰り返しです。
API代が1試合で500円になって青ざめたこともありました(第3回に書いています)。今読み返すと、AIの文章をほぼそのまま載せていた回も多くて、少し恥ずかしいです。
一番成長したと感じること:記事づくりの多くをAIに任せられるようになった
これは言っていいのか少し迷ったのですが、一番の変化は、ブログの記事をほぼ自動で作れるようになったことです。
といっても、AIに丸投げしているわけではありません。今の私にとってAIは、秘書やアドバイザーのような存在です。調べものや下書き、公式情報との照らし合わせを手伝ってもらったり、「この書き方で伝わるかな?」と相談に乗ってもらったりしています。そのうえで、実際に使った感想と、最後に「これで出す」という判断は私が担当しています。機材の記事に「実機あり」のバッジを付けているのも、私が実際に使ったものかどうかを分かるようにするためです。また、レビューだけを淡々と記事にしていると、とてもあっさりした記事になってしまうので、肉付けや私自身の足りない言葉を補ってもらったりしています。
5か月前は、AIに1つのことをお願いするだけで精一杯でした。それが今は、記事という形になるところまで、AIと一緒に進められるようになりました。
昔やりたかったことが、AIの力を借りて形になった
ブログ、音楽、ゲーム。どれも若いころにやってみたかったけれど、形にできなかったものです。
それが今、AIの力を借りて作れるようになりました。音楽も作品として出せましたし、ゲームも、まだ広く公開はしていませんが、遊べる形になっています。
AIがなかったら、どれも「いつかやりたいこと」のまま終わっていたと思います。
AIは、脳を拡張してくれる未来のデバイスなのかもしれない
もしかしたら反感を買ってしまう言い方が含まれているかもしれませんが、昔話を一つ。
高校生の時、進路相談や体験相談みたいなイベントでゲームクリエイター志望の専門学校へ行きました。講師の方からフィールドに草を植えたり、壁を作って部屋を作る作業を教えていただきました。
でも、本音はこういう作業じゃなくて、もっと熱く「こんなゲームを作ろう!」とか、そういう熱量を帯びたイメージを持っていました。私があまり楽しそうにしてない雰囲気が伝わったのか、「ゲーム作りって地味でしょ?でもこの作業の連続の日々だよ」的な事を言われたのを覚えています。
ゲームを作りたいのであって、草を植えたいわけじゃない。当時そう強く思いました。結局、進学しないで地元で働いたことを思い出しました。
んで、何が言いたいかというと、自分のやりたいことに全力を出せて、それ以外をAIが補助してくれる、ということです。
勝手な想像ですが、最初は数年草を植えて、次は壁。何年か頑張ってやっと企画やシステムを考えるというのがゲーム会社の基本なのだと思います。ですが、今の私の環境ですと、「こういうゲームを作りたい。こういう挙動でこうなってほしい」と伝えれば、ほぼほぼイメージしたゲームの形を作ることが出来ました。
しかし、危険な使い方であることも承知しております。ハンドルを握ってアクセルを踏めば、誰でも自動車を運転は出来るでしょう。しかし、実際には免許証が必要で、自動車教習所にも通います。プロのエンジニアの方から見れば、素人のコーディングは危険なものと感じるはずです。
でもそれでも、RPGツクールを購入して開いた時、「結局何をすればいいの?どのボタンとコードを入れれば魔王と戦えるの?」と思いつつ結局アンインストールした人間からしてみたら、今のAIは魔法なのです。
音楽もそうでした。Sonarみたいなソフトを数万円で買って、主旋律は自分で弾くからいいや、ベースとドラムは打ち込みで、と思って一個一個ポチポチ押してたら、15秒作るために3日とか経ってたことがあります。結局イントロを作って終了。
そんな熱しやすく冷めやすい私にとって、AIは最高の相棒です。
当時の反省:「動かないです」しか言えなかった
5か月前の自分に一番言いたいのは、プロンプト(AIへのお願いの仕方)のことです。
当時の私は、うまくいかないときに「動かないです」としか書けていませんでした。どこを押したらどうなったのか、何が起きてほしかったのか。それをAIに伝えられていなかったんです。
| 当時の頼み方 | こう伝えられたら良かった(例) |
|---|---|
| 動かないです | 〇〇のボタンを押したら△△になるはずが、□□になります。画面にはこういうエラーが出ています |
正直に言うと、今でも得意とは言えません。ただ、「何をしたら、何が起きて、本当はどうなってほしいのか」を意識するだけで、AIの返事はかなり変わると思います。これからAIを触る方の参考になれば幸いです。
今できること:頭の中のイメージをAIと共有できる
当時と比べて、今一番できるようになったと感じるのは、「これを記事にしましょう」「これをゲームにしましょう」と言ったときに、私の頭の中のイメージがある程度AIと共有できていることです。
5か月前は、思いついたことを形にするまでに何度も行ったり来たりしていました。今は、ざっくりしたお願いからでも話が進むようになりました。オーバーウォッチのシーズン4の動画も、ほぼAIに作ってもらっています。
これから:AIと一緒に続けていきたいこと
これからも、好きなゲームや機材の話を書いて、読んでくれた方の役に立てるブログにしていきたいです。そして、このブログや創作の活動を、長く続けていける形にしていけたらと思っています。AIを秘書やアドバイザーのように頼りながら、そこを目指していきたいと思います。
自分のブログだけでなく、これまで身につけた記事づくりや改善の経験を活かして、お仕事として誰かの役に立つことにも挑戦してみたいと思っています。
今ではT.A.C.T.I.C.S.のみならず、たくさんのAI賢者が私のために力を貸してくれてます。勿論ハルシネーション(AIがもっともらしい間違いを言うこと)などは今でも起こります。それでも、私の生活に無くてはならない相棒です。
まとめ
5か月前、「動かないです」としか言えなかった私が、今はブログ、音楽、ゲームを作れるようになりました。全部AIのおかげ、というと少し大げさかもしれませんが、AIがいなかったら始まってもいなかったと思います。
途中で止まってしまったシリーズもありましたが、あのころの試行錯誤が今の土台になっています。これからもAIと一緒に、いろいろ作っていこうと思います。それでは、良いAIライフを!